あきらめないで。人生後半からでも動き出せる!
| 支援総額 |
|---|
| 548388 |
本音で生きることを許可し輝くことで、
もっと自由に本気で楽しめる大人を増やしたい
周囲を優先するあまり
日常を楽しめなくなった大人を減らしたい
だから私はこのチャレンジを決めました!

迷いながらも進んできたこれまでの人生
その道のりを支えてくれた人たちへ
感謝を込めて
そして
誰かの忘れていた大事な感覚を
思い出すきっかけとなることを願って
ステージに立ちます
年末のお忙しい中、銀座ライブへご参加・ご支援くださいまして、心よりお礼申し上げます。
おかげさまで、とてもあたたかい心に残るバースデーライブとなりました。
まだまだ始まったばかり。
自分自身でも「伸び代だらけ」だと感じる時間でしたが、ライブ終了直後に
「感動した」「応援したい」「これからが楽しみ」
そんな言葉を直接かけていただき、胸がいっぱいになりました。
私のストーリーを受け取ってくださったこと、そして小さな一歩が、すでに何かを生み出している手応えを感じられたことに、心から感謝しています。
年齢に関係なくチャレンジする姿や、これまでできなかったことが、少しずつできるようになっていく過程も含めて、これからも見守っていただけたらうれしいです。
その一環として、慣れないインスタグラムの投稿も始めました。
引き続き、応援していただけましたら幸いです。

はじめまして。
フラメンコダンサー・シンガーの裕巳(ひろみ)です。
私は、愛媛県松山市で22年間、フラメンコスタジオを主宰してきました。
2025年、もう一度表現することで新たな一歩を踏み出そうと、55歳にして上京しました。
5歳から70代の女性が集うフラメンコスタジオでは、人生の“ワンランク上のステージ”に進んでほしい!という想いをもって、「自分の可能性に気づき、あきらめずに進んでいくことの大切さ」を伝え続けてきました。
年齢や環境のせいにせず、小さな成功体験を積み重ねることが確かな自信となり、新たな挑戦につながった瞬間をたくさん見届けてきました。
私には無理、とあきらめていた60代後半の方が、自分の限界を突破することで、家族に認められ、さらにエネルギーが湧き、「こんなことはじめて!」と嬉しそうに話してくれる姿。
10歳にも満たない子が、初めてのことにドキドキしながらチャレンジする姿、できた時のキラキラした笑顔。
そんなチャレンジのあとの笑顔を見るたび、その循環を作ることが私の喜びとなっていきました。
でも、みんなを輝かせたいという気持ちが強くなる一方で、自分自身が踊ることを純粋に楽しめなくなっていた時期もありました。
ちょうどその頃、もともとあった腰痛がひどくなり、まったく動けなくなるということが起こりました。
好きなことを仕事にしているのに、こんなことではいけない…
自分に鞭を打ち、頑張れば頑張るほどに、本当にやりたいことを見失っていきました。
何も変わらない今のままの落ち着いた人生を送る、そう思ってもいました。
そして、人生の後半に入り、
「本当に今のままでいいのか?やり残していることはないだろうか?」
そう自分に問いかけたとき、ふと心に浮かんだ想いがありました。
歌ってみたい…
とても小さな想いでしたが
これまで積み重ねてきた経験と私の中にある想いを届けられるかもしれない!
それからボイトレに通い始めました。
何度かステージで歌わせていただき、ありがたいことに評価してくださる方もいらっしゃいました。
これまでなら、その声も、自分のことさえも信じることができなかったけれど、残りの時間を考えたら、少しの可能性に賭けてみようと思えたのです。
後悔したくない!

人生後半からでも、動きだせる!
あきらめないで!
その時、すでに55歳!
家も、仕事も、安定もすべてを手放して、チャレンジの人生が始まりました。
もちろん周囲の反対もありました。先はどうなるのか全くわからないし、自信もない。
そのままでいたら、安定していたかもしれない…
でも、自分の人生を生きるのは自分だけ。
自分の心の声を聴いて、決めることができるのも自分だけ。
何度も本音を探りました。
上京しない理由も山ほど出てきましたが、今やらないと後悔することだけは、はっきりしていました。
だけど、都会に行けば、歌がうまい人は相当数いる。今の私にできることは限られている。一体、私に何ができるんだろう…。
目の前から、光が消えていくように感じるときもありました。
そんな時、ふと湧き上がってきたのは、これまで貫いてきたあの信念でした。
自分の可能性に気づき、あきらめずに進んでいくこと
23年続けたスタジオを手放して、知らない土地でゼロからのスタートを切った私は誰よりも恐くて、誰よりもワクワクしていました。
人は年齢を重ねると、少しずつ消極的になり、無意識のうちに「できない」選択をしてしまいます。
—— 本当に、できないのだろうか?
私自身、何度も自分に問い続けてきました。
一度しかない人生。
それに気がつき、あきらめなければ、なんでもできるのでは?
そう思いつつも、ステージに立つことをやめようと思ったこともあります。
けれど、本気で自分に向き合ったとき、「自己表現」という言葉に強く惹かれてしまったのです。
私の中の何か未完成な部分が、声を上げていたように感じました。このままでは終われない!
人の声や評価を気にしながら、表面的な表現をするのではなく、ありのままの私としてステージに立つ!
全国ライブツアー
人生後半からでも挑戦できる姿を届けたい
12月29日銀座でのライブを皮切りに、全国8か所でライブをして、人生後半でも挑戦できる姿を届けたい。
私の姿を見た人が、少しでも前向きに人生を歩めるようになれば 、こんなうれしいことはない。
以前ライブで全国ツアーをしたい、と思っていたことを思い出したのです!
普通ならあきらめてしまいそうな状況かもしれませんが、この挑戦をぜひ一緒に見届けていただきたい!と覚悟を決めました。
私の活動が、誰かの忘れていた感覚を呼び覚ますことができたなら。
新たな一歩を踏み出すことができたなら…
結果はどうあれ、後悔のない人生を生きる人が少しでも増えることを願って、このツアーを一緒に楽しんでいただきたいです。
12月29日銀座でのライブ模様は配信も行って、遠くで応援してくださる方にも見ていただきたい、と計画していました。
ですが、現実は、配信にかける費用もままならず、衣装のまま、自分でスタートボタンを押せばいいと、すべてを自力でやるところまで追い込まれていました。
これでは、全国ツアーはあきらめるしかない…
それを仲間に話したところ「クラウドファンディングで有志を募ろう」と提案してくれました。
正直、すごく戸惑いました…。
やったことがないし、時間もない
でも、私を信じて背中を押してくれる仲間の想いに応えたい!
そして、なにより、私が自分を信じてやってみよう!と思えたのです。
すると、あっという間にクラウドファンディングという場を仲間が準備してくれました。
全国を回るための資金を作り出すことが簡単ではない状況…
どうか、みなさまのお力を貸していただけないでしょうか?
まずは、12月29日銀座でバースデーライブを行い,生まれ変わった姿で2026年全国8か所を回り、できるだけ多くの方に直接お会いして、今の私の姿を見ていただきたいと思っています。
それが、誰かに勇気を手渡すきっかけになったら、これ以上うれしいことはありません。
それを叶えるためにも、ぜひサポートをお願いいたします。
クラウドファンディングのリターンは、6種類ほどご用意いたしましたが、ご支援内容の提案もお受けいたします。
うちの町に来てほしい
こんな歌うたってほしい
など、ありましたらぜひお知らせください。
ライブ配信以外のほとんどのリターンは2026年となります。
2026年は全国のみなさんにお会いし、同じ空間を共有して、心から「ありがとう」を伝えたい。
そして、
周囲を優先するあまり、本音がわからなくなった人
『私の人生こんなもん』と、あきらめてしまっている人
何かが違うと思いながらも、一歩を踏み出せない人に
ライブのエネルギーが、心の奥にある何かを動かすきっかけとなりますように…。
そんな願いを込めてツアーをしたいと思います。
どうぞみなさまのあたたかなご支援をいただきたく、何卒よろしくお願いいたします。
目標金額は、80万円です。
| 交通費 | ¥220,000 |
| 宿泊費 | ¥180,000 |
| 会場費 | ¥200,000 |
| 機材輸送費 | ¥88,000 |
| 配信機材・音響・制作費 | ¥80,000 |
| 消耗品等 | ¥48,000 |
| 小計 | ¥796,000 |
| 消費税 | ¥79,600 |
| 合計 | ¥875,600 |
・この80万円という数字は、ツアーにかかる費用で練習にかかる費用や衣装代、ピアニストの出演料などは含めておりません。
・自分でもできることをやりながら、このライブを大切に育てていきたい。残りの部分は、チケット代などでまかなう予定です。
最後に
もしあなたが
やりたいことがあっても、
新たな一歩を踏み出すのがコワイ
周囲を優先して、自分の夢をあきらめてしまった
そんなふうに感じていたら
本当にやりたかったことに挑戦してほしい!
そう思った人の背中を押してあげられることが
私の使命だと感じています。
人生後半、心が動いた瞬間人生は変えられます
あきらめないで!

幼いころより歌ったり踊ったりするのが好きな子どもだった。
ある日テレビで高校生オリンピアンの特集を見て、新体操という競技があることを知る。
やってみたいと同校に即入部し、3年間の厳しい練習の末、インターハイ、国体に出場。四国では種目別第1位。この頃腰痛発症。
1994年
看護師として神戸で働きながら、一生の趣味と思い始めたにフラメンコ。すぐに本物を見たいと思うようになり、1997~98年初めてのスペイン留学。本場の空気に触れ文化の違い、日本とのレベルの違いに衝撃を受ける。
同時に骨格の違いが表現の違いにも結びつくことを実感し、身体の使い方を研究し始める。
1998年
帰国後、現地で見聞きし知り得た情報、本場で学び感じたフラメンコを伝えはじめる。
2000~2003年
大阪梅田のタブラオ(フラメンコライブハウス)にレギュラー出演。神戸で本格的に自分のクラスを持つ。3年間タブラオで踊った後、さらにスキルアップを目指しスペインへ。
2003年
帰国後、リクエストされ10名満席で松山で教室を開講。
2004年11月
初リサイタルを青野ホールで開催。400名以上の方に近距離でのフラメンコを楽しんでいただく。愛媛県のみならず、東京大阪など県外でも活躍。
2009~2010年
改めて自分にとってのフラメンコとは何かを知るために、スペインへ。グラナダでコンテンポラリーダンス、マドリードでフラメンコの舞台に出演。日本人の自分にできる表現方法を本格的に模索し始める。
2012年~
フラメンコ以外の民族音楽に合わせて、フラメンコシューズでコンテンポラリーダンスを踊ったり、新体操のリボンを用いたジャンルを超えた表現にも積極的に取り組みはじめ、県外での活動もさらに多くなる。
2019年
脳の回路を修正して、忘れていた本来の自分を取り戻すソマティクスに出合い、何をしてもよくならなかった腰痛は治療の必要がなくなる。
2020年
ソマティクスで、心身の調子が整い人生が好転することを確信し、もっと笑顔になる人を増やしたいと1年間学び、『シャイン ソマティクス』を立ち上げる。
2023年
スタジオ公演「SABOR Y GRACIA 2023」開催。約700名のお客様に見守られ、スタジオ公演に幕を下ろす。
2025年4月
フラメンコスタジオ22年半の歩みにひと区切りをつけ、上京し新たな一歩を踏み出す。
シャンソンフラメンコやスペイン語のオリジナル曲、日本のポップスを独自のスタイルで歌い踊る、フラメンコダンサー・シンガーとして新たな表現の可能性に挑戦している。